評価というのは半分(以上)は運と縁と相性と巡り合わせだ

これ、面白い表題じゃないか?と我ながら思うのですが、
当方が受講している作詞の通信講座の3月号が送られてきた折、その講座内コンテストの各受賞作品が載ってくるのですが、
苦節10年あまりほど、2026年3月号で、初めて金賞を頂けきました!

mf202603-1.jpg

選考者の先生は、各月で都度変わります。色々様々な先生が受講生の作品を視ます。
それで、金賞、銀賞、銅賞、秀作、佳作、編集長賞、などあるのですが、今回初めて金賞頂きました。

mf202603-2.jpg

そこで、嬉しい反面、ちょっと複雑な気持ちにもなりまして・・・。

というのも、今回受賞頂けた作品は、何と、20数年前ほどに最初の状態を書き上げた作品でした。
その後、細かい改稿などは2~3度経ているのですが・・・。

単語一個、助詞一個、変えただけでも別作品扱いとなる為、改定する度に改めてまた部門に投稿したりするのですが、選考する先生も月毎に様々色んな先生が入れ代わり立ち代わりで視るので、先生ごとの感性や読感、見方によって変わるわけです。
だから、同じ作品でもなるべく色んな先生に視てもらいたいと考えるわけです。

で、今回の作品は前述の様に、書いてからもう20数年ほどは経っているのですが、一つ思ったのは、作品の評価というのは、半分(以上)は運と、縁と、相性と、巡り合わせだな・・・と率直に思いましたね。
自分の努力・実力は半分か、半分以下なんじゃないか?と今回思いましたね。

同じ作品を今まで2度3度と講座内コンテストに投稿するも、せいぜい佳作止まりだったり、選考に全部漏れてスルー状態だったりもしたのです。それが今回の先生の目に掛かったら、頂点を獲ってしまった・・・。
半分、複雑感というか、「こういうもんなんかなぁ~・・・」と思いました。






<<参考記事・佳作でも人の目に触れるという事>>

まぁ、運も実力の内、運や縁や巡り合わせに恵まれてる人が本当の実力者だ、という論も当然ありますけどね。





この記事へのコメント