ラブリー・ボーン

先日、初めて映画を一人で観てきました。一人映画鑑賞初体験です。

というのも、観に行ったラブリー・ボーンは、美輪明宏さんがCMをやっているその印象から、DVDがレンタル開始されるまで待っていられず、とは言え友人と男同士で観に行く様なタイプの映画じゃない気がして、かと言って、その内容的に女の子を誘って観に行ける様な映画じゃない気がしてと・・・。
CINEMAXという映画館が近郊にあり、一度は観に行ってみようと思ってた映画館でした。

流石に行ったのは土日祝日ではないですが、一人で映画を観に来る人って、女性が結構一人鑑賞する人、多いんですね。男性は一人鑑賞の人はチラホラでした。 映画館はすっごく綺麗。

で、映画は・・・
始め、どっかの情報で、主人公の女の子が“乱暴された挙げ句に殺されてしまった”というコマーシャルを見た記憶があり、だから「女の子は誘えないな」とまず思い、かと言って男二人で行くってのもなぁ、と思ったものでしたが、
「あれ?乱暴なんかされてないじゃん?」と、どっちの情報(記憶)が正しいか、俺の気のせいだったのか?と。
決してカップルで見ても、特に大丈夫な映画だなと思いましたよ(個人的感想)。
ただ悲しいだけじゃない、映画はエンターテイメントである、といぅ装飾の部分もちゃんと仕立ててある、と素人ながらに思いました。

(語弊含めて)歪んだオタクの歪んだプライドの“勘”に触れて命を奪われてしまった主人公の少女の「命とは?生きるとは?」という命や人生の核心に触れる映画かな・・・。

映像も、CGをほどよく鏤められていますが、かなりキレイに仕立てられていました。
悲しい映画だろうか?と思うほどに見惚れるキレイさでしたし。

「家族の絆が徐々に崩壊する」といぅ部分は、それほどまでに至ってしまっているとは思えず、ママの取った行動は(映画の構成上の理由?)ちょっと短絡的かと思いましたが、

でも、最後の最後に、天罰を下したのは、神様?だったかと、誰が見てもおそらくその様に解釈するかな・・・。

でもって、映画を見ながら、タイトルがミスマッチじゃないの!と素朴に思いました。
だって、死んでしまった少女は骨になってないんじゃないだろうか?と。
アメリカは、土葬と火葬の両方があるみたいですが、でもそれでも、遺族に看取られながら焼かれるという最後の報いさえ叶わなかったのだから、遺骨になれてないでしょ?と。
愛すべき“遺骨”・・・じゃないよなぁ、なんて。ボーン「骨」じゃないでしょう?、確か。




それにしても、普段英語の聞き取りをほぼ毎日、色んな材料でやっているもんだから、映画の英語のセリフが凄く違和感なく自然に聞けました。

字幕を見てなくても何という意味のセリフを言っているかがちょくちょく分かりました。
もちろん全部は分かりませんが、でもそんなに難しいセリフは言ってないなぁと言うのも分かりました。

割引料金の千円で観られましたが、なんだか千円じゃ悪かった気がして。それくらい結構な満足でした。





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