憧れの強さ ~その2 安全地帯

今回は、僕にとって、なくてはならないVocalist、玉置浩二さんとそのBand、安全地帯についてです。

安全地帯というBandの名前を最初に知った時、「へん~なBand・・・」という、そういう印象ばっかししかなかったですから。
だって、「ア・ン・ゼ・ン・チ・タ・イ」ですよお?、・・・工事現場かいな?って印象でした。

始めに歌を聴いたのは、記憶では、TBSのザ・ベストテン、だったかなぁ・・・。
で、Band名もしかりですが、もっと違和感があったのは、初めて聴いた曲「ワインレッドの心」の歌詞です。
しかも、歌詞の出だしからして、おかしく聞こえましたから。
「もっと勝手に恋したり、もっとKissを楽しんだり」ですから、当時中学生だった僕は、
「いやらしい歌だな~」としか思いませんでした。
がしかし、その後、自分の好みが、自然に、なんとなく安全地帯に向いていきました。

まだたいしたお小遣いもなかったので自分で買うお金はなく、親に、「一番新しい安全地帯のテープを買ってきて・・・」と頼んで買って来てもらったのが、
「抱きしめたい・安全地帯Ⅲ」のミュージックテープでした。
今思うと、それがプロのSingerを目指そうとした運命の分かれ道だったのかもしれません。

そもそも高校進学の為の勉強をするのに、何も音が無いとつまらないので、
BGMにするのに何か音楽が欲しかったんですが、そのテープの中の2曲目の「LazyDaisy」という曲が僕の好みにピッタリでハマリました。
ギターのハーフミュートという弾き方を駆使しているBandが、今思うと、安全地帯以外で他にはあまり見かけないんですが、
安全地帯特有の特徴なのかは分かりませんが、歯切れの良いPOPナンバーの曲でも、そのハーフミュートを多用しているのが見られ、小気味良く響くギターの音がいいんです。

ワインレッドの心がヒットしてから、その後、衰えることなく安全地帯は音楽番組に次々と出てきて、POPSバンドの第一人者的になっていくわけですが、
僕はその安全地帯に魅了され続けていきました。
氷室さんを知るまで、(氷室さんを知ってからも)玉置さんは俺にとっての師、教祖的な存在になり、
そして、僕が持っている声の音域が、たまたま玉置さんと同じなので、歌の練習に安全地帯の曲を使うのがちょうど良かった事です。
さすがに三歳から民謡を歌っていた玉置さんだけに、玉置さんの発声は完璧で、僕の方が下手なので、安全地帯の曲でも何曲かは歌えない曲もあるんですが、
大体なら歌える事が幸いして、歌の練習は安全地帯の曲で練習していました。

しかしながら、安全地帯が好きっていう友人は、中学高校のその当時、だ~~~れも居ません。
安全地帯が好きだというと、たいてい決まって「あんぜんちたい~ぃいい!?」と、むしろちょっと不思議がられました。
周囲では、もう既に洋楽がにわかに流行りだしていて、そういう連中には安全地帯がどんなBandに見えていたのか分かりませんが、
僕はちょっと変わったヤツと思われている様でした。
だから残念な事に、
玉置さんが20代~30代前半の、活動休止を宣言する前の、「悲しみにさよなら」とか「碧い瞳のエリス」とか歌っていた頃の、ある種安全地帯全盛期(?と言うべきかどうか・・・)
のライブコンサートには行った事が無いんです。




初めて行ったのは、玉置さんがソロ活動を始めてからの、「田園」がもうヒットしている時でした。
日本武道館でのライブは、2~3曲おきにMCをはさんでくれる家庭的な?雰囲気のあるライブでした。
中学・高校のその当時の安全地帯、というか玉置さんの印象は、必要以上の事は喋らない、無口な人っていう印象でしたが、実際は違って実にひょうきんな方だという事も分かりました。

今でも、氷室さんと並んで、俺にとっての2大巨匠ですが、ずっと色褪せる事の無いスターですね。
あの歌唱力と、ギターを弾きながら歌って曲作りをこなす、あの実力をちょっとお裾分けして欲しいくらいの、僕の憧れです。


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