文才

突然ですが・・・・
僕は、自分で作詞と作曲もしているんですが、その作詞力につながると言って良いと思いますが、小さい頃から、文章を書く事も好きでした。

小学6年生の時、春に行った箱根の修学旅行。
旅行の後、その修学旅行の文集を書く!という事になり、
他の生徒達はみな、原稿用紙2~3枚とか4~5枚しか書いてないのに、俺はというと、友達と「競争しようぜ!」って言いだし、

別にそれって競い合って何枚書けるか?ってものでもないのに、その友達が頑張って20枚書いたところを、俺は根拠も無いのに「よし!100書いてやる!!」と言葉には出さずとも、心の中で自分に誓ってしまいました。
で、結局は96枚書きました。

それでもって、
小学6年生で、「~作文に96枚も書く子は今まで見た事が無い~」と担任の女の先生に言われ、
記念に、当時珍しかった、胴体の真ん中でへの字にカチッ!カチッ!っと曲がって芯が出るシャープペン(懐かしい~!、っていつの人間じゃいっ!?^^;)をもらいました。
で、一緒に先生が書いた手紙も渡され、「帰ったらお母さんに渡してね」と言われました。
その手紙を読んで泣いている母が居ました。今でも覚えています。母が泣く様な、すごく感動する手紙を書いてくださったんでしょうねぇ・・・。

その頃からも、すでに、書く!と決めたら書く人間でした、多分。
とはいえ、
肝心の国語の成績は、小・中と、5段階評価の、3か4でした・・・。
高校に上がると、ちょこちょこと5を与えられる回数も増えましたが。

最近では、自伝混じりのエッセイなんぞも書き、220ページほどの作品も密かに貯蔵しております。
実は、幾つかの大手出版社には、送って審査して頂いており、共同出版にての出版なら可能で、100~150万のお金さえ用意してしまえば500部前後の出版はOKだという返事までは頂いております。
とある出版社においては、¥1300という値段がつくという見積もりまで出して頂きましたが。

敢えて、無名作家状態である今、出してしまっても良いだろうか・・・とも考えたんですが、
しかし、焦らずに踏みとどまった方が賢明かと思い、今は貯蔵しております。
というのも、どうしても見返してやりたい友人が、僕には一人、居ます。
その友人をどうしても見返してやるためにも、決して慌てずに、期を見た方が賢明だろうかと。

そして、文才の最も本分たる作詞です。
作詞も、17歳から細々と、何となくの内に始めたわけですが、
最初の頃に作った歌詞は、もう大半は残ってないです。書き始めの頃なんぞ、ろくなもん書いてなかったですから。数年後に読み返して意味不明なものなんてのも、いくつもあったりと。

書いた紙を捨てちゃったのも幾つかありますが、
24歳の頃に、「日本音楽アカデミー」というところの「作詞研究会」という通信講座も、3~4年ほど受講しました。
が、しかし後に、その通信講座の受講が、僕の作詞生活に多大な影響を与えてくれました。
そりゃ~もう、自我の中だけで作っていた頃とは、作詞に雲泥の差が出ました。それまでいかに独りよがりに作詞をしていたか・・・。

それまでの概念や思いこみを見事に打ち砕かれた事が、すっごくプラスに働いて功を奏しました。
作詞だけじゃなくて、普段の実生活にも相当に影響を及ぼし、特に、洞察力についてはハッキリ変わっていく事が自覚して分かってくるんです。

以前一緒にBandをやっていたGuitaristのヤツに、「あ~、腕あがったね・・・」なんて言われた事を、鮮明に覚えています。

「作詞研究会」にいらっしゃるスタッフは、プロの業界でお仕事をなされている方々でした。
今でもその通信講座は現存しているので、ご興味のある方は情報をお調べになってみても宜しいんじゃないかな・・・。ホームページは、今でも確か、無かった様な。

自分の書く歌詞が、徐々に洗練されていくのが分かり、荒削りな部分が減っていくのも同時に分かったので、その辺はまたこれが腕の問題で、良いエッセンスをミックスしながら作っていくのですが。

作詞が出来ない人や、苦手な人からは、「歌詞ってどうやって書くの?」なんて、時々質問されますが。
どうやって書くか・・・と言われても・・・なぁ、う~ん、てな感じですが、
まずは、とにもかくにも、書く、書く、書く、どんどん書く・・・。みたいな事からが始まりではありますが。




でも、結構真面目に大事な事かもしれませんが、好きなアーティストの歌詞を、曲を聴きながら読み、更に読み返し、文字数を指折り使いながら数え、読み、聴き・・・。
さらに、重要なのは、自分が書こうとしている事のストーリーを、写真、映像として頭の中に思い浮かべる事が出来るかどうか。思い浮かべた写真や映像が、頭の中で動いていればツカミはOK?ってなものです。
その登場人物とかが動かなかったり、人物のその人物像が鮮明にならなかったり、加えて起承転結を考えるのですが・・・。これがある種、産みの苦しみ?と世間にある言葉の意味かもしれないですが。

いずれにせよ、好きこそものの上手なれ!かもしれません。
持続していくには、脳ミソをフル回転させる事が必要となりますが、
繰り返し、繰り返しを続けていると、だんだんものにしていけるモンです!(^^)/




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